軟磁性材料は、モーター、トランスや電源など多くの電気機器の磁心(鉄心)材料として使用されています。軟磁性材料は、電気機器を小型化するため飽和磁束密度(Bs)が高いことや、エネルギー損失低減のため透磁率(μ)が高く、保磁力(Hc)が小さいことが要求されます。また軟磁性材料は、モーターのステータコア、トランス、リアクトル、チョークコイルの磁心材料として、交流磁場励磁状態で使用されることが多く、鉄損(P)を低く抑えるために、ヒステリシス損失(Ph)と過電流損失(Pe)の低い材料が要求されます。1900年電磁鋼板(ケイ素鋼板)開発以降、様々な軟磁性材料が開発されてきました。
【出典:Matthew A. Willard et.al. Handbook of Magnetic Materials vol.21】
1900年に電磁鋼板が開発され、1970年代にアモルファス合金、1980年代にナノ結晶合金の発見と、低保磁力を志向した開発がなされてきました。しかし、工業化されているアルモファス合金やナノ結晶合金は、電磁鋼板よりも飽和磁束密度がずっと低いという欠点がありました。
ナノ結晶軟磁性材料は、1988年日立金属の吉沢らにより発表されたファインメット®に端を発する新しいタイプの軟磁性材料でFe基のアモルファス合金を結晶化させることによりランダム配向した強磁性相のナノ結晶粒を残存するアモルファス相に分散させた材料です。アルモファス相も室温で強磁性で、ナノ結晶間に交換相互作用が働き、鉄が元来持つ結晶磁気異方性の平均化によって、軟磁気特性が得られるという材料です。
単ロール液体急冷法の原理
ナノ結晶軟磁性材料のTEM像例
アモルファス相中に、10~20nmの
ナノ結晶粒が分散している。
ナノ結晶軟磁性薄帯は、上図のような単ロール液体急冷法とよばれる方法により、アモルファス薄帯を製造し、適切な条件で熱処理を行うことにより、上の写真のように、ナノサイズの結晶粒を析出させて製造されます。
【出典:Rajat K et.al. "New Trends in Alloy development, Characterization and Application“】
従来の軟磁性材料は磁壁のピニングサイトを下げるために結晶粒径をアニールなどにより大きくしていましたが、ナノ結晶軟磁性材料では逆に結晶粒を交換結合長よりもできるだけ小さくすることで低保磁力を実現しています。
従来のナノ結晶軟磁性材料は、軟磁性実現のため、その前駆体であるアモルファス合金として、アモルファス単相構造形成が必須であるため、合金中のFe濃度が78at%以下に制限されていました。そのため、飽和磁束密度は1.2T程度と、電磁鋼板に比べ大きく劣っており、超低損失でありながら、この低い飽和磁束密度のために、その応用範囲は限定的でした。
ナノ結晶軟磁性材料が、より広く利用されるためには、電磁鋼板並みに高い磁束密度とナノ結晶軟磁性材料の特徴である低損失性を兼備することが求められていました。
このような材料を開発するためには、以下の2つの事象を同時に両立させることが必要です。
適量のPとCuを含む高Fe濃度合金における自己組織化によるアモルファス構造のヘテロ化と、その特異な構造に起因したナノ結晶化という、従来にない新規な現象を明らかにすることにより、高磁束密度と超低鉄損(優れた軟磁気特性)を兼備した軟磁性材料を開発しました。
それが、ナノ結晶軟磁性合金NANOMET®です。
また、NANOMET®は、従来、鉄結晶子の肥大化を抑制されるために必要であったNb等のレアメタルを使用しておらず、今まで開発されたどの材料よりも、高いレベルで高磁束密度と低鉄損を兼備し、Nbのような高価な原料を含まない調達が容易な唯一のナノ結晶軟磁性材料となりました。
サンプル等に関するお問い合わせはメール tech@tohoku-magnet-inst.com まで
※現在、アモルファス粉末の製造は中止しております。NANOMET®薄帯は、このような装置で製造されています。
NANOMET®には、リボン状の薄帯、あるいは粉末の形状があります。それらはどのようにつくられているのでしょうか。薄帯、粉末について、それぞれ見ていきます。
NANOMET®薄帯の前駆体である、アモルファス合金薄帯をつくる、単ロール液体急冷法の原理図を示します。
以下の手順で、アモルファス合金薄帯をつくります。
巻き取られたロール状の薄帯を、ロール TO ロール方式で適切な条件で熱処理を行い、ナノ結晶化させます。
こうして、NANOMET®薄帯が完成します。ロール TO ロール熱処理装置の原理図を示します。
ナノ結晶化されたNANOMET®薄帯は、脆い性質を持っています。そのため、粉砕することにより粉末化することができます。
NANOMET®薄帯を加工して、モーターのステータコアなどを製造する場合、プレスで必要な形状を打抜きますが、その際必ず端材が出ます。このような端材は通常スクラップとして処理されますが、これを粉砕粉へ加工することで、NANOMET®の高い性能を有する粉末とすることができます。粉砕粉は、このような端材やバージン材を粉砕粉の原料として使用します。そのため、様々な形状の原料を扱うことになります。
粉砕は、様々な方法で行う事ができますが、ここでは代表的な方法である、ボールミルでの粉砕方法による製造方法を解説します。
試作用ボールミル装置外観
独自の組成により、85at%の高Fe濃度でもナノ結晶構造を形成することに成功しました。Fe濃度が高いため、高磁束密度を実現しました。
代表的合金組成(at%) | Bs(T) | |
---|---|---|
NANOMET®ナノ結晶 | Fe85Si2B8P4Cu1 Fe93.5Si1.1B1.7P2.4Cu1.3(mass%) |
~1.80 |
他社ナノ結晶 | Fe73.5Si13.5B9Nb3Cu1 | 1.23 |
他社アモルファス | Fe78Si9B13-Amo | 1.49 |
NANOMET®は、アモルファス母相中に、10~20nmサイズのα-Feナノ結晶が高密度に分散しているナノ結晶構造であるため、超低損失です。
1つのナノ結晶子は、格子不整合のない完全な単結晶構造をしており(下写真)単磁区を持ちます。単磁区領域では、結晶磁気異方性が平均化されるため、結晶サイズの6乗に比例して保磁力が小さくなり、超低損失となります。
NANOMET®のSTEM像
NANOMET®は、93重量%の鉄(Fe)と、極ありふれた少量の元素-ケイ素(Si)、ホウ素(B)、リン(P)、銅(Cu)により構成されています。他社ナノ結晶材料に見られる、ニオブ(Nb)等のレアアースは一切使用しておらず、供給リスクを受けない事、及び材料の低コスト化が期待できます。
極薄電磁鋼板は飽和磁束密度は高いですが、周波数が高くなりにつれ、高磁束密度領域では圧倒的に鉄損が大きくなってしまいます。一方、NANOMET®は、広い周波数範囲、広い磁束密度範囲で、低鉄損を実現しており、種々のモーターやトランス・リアクトルに応用することで、使用される機器の省電力化・省エネルギー化を実現します。
NANOMET®は、高飽和磁束密度と低鉄損を両立する極めて優れた軟磁性材料です。特に、この性能を生かすことができる応用領域を示しました。
※ 数値は代表値であり、保証値ではありません。